2025.11.25

開山期の富士山を振り返って(2)

富士山日記第132号(執筆者 環境省 富士五湖管理官事務所 アクティブレンジャー 半田尚人)

こんにちは!富士五湖管理官事務所の半田です。
秋も深まったこの時季、富士山周辺の山々を歩くと、落葉を踏みしめる音や野鳥のさえずりなど様々な自然の音に心が癒やされます。空気は冷たく澄んでいて富士山の眺望も素晴らしいです。ぜひハイキングを楽しみに富士北麓へ来て下さい。(山に入る際は、熊出没には十分警戒・準備するようにして下さい)
さて、前回に引続き、夏の開山期を写真とともに振り返ってみたいと思います。今回は富士山で出逢った動植物のうち、ごく一部をご紹介します。

登山道脇に咲く花々たち

富士山の五合目以上と言うと、岩や砂礫ばかりで花なんて咲いてないと思う人もいるかと思いますが、決してそんなことはありません。注意深く歩くと、荒涼とした富士山で懸命に咲く様々な草花に出逢うことができます。

ヤマオダマキ(8月上旬 吉田ルート五合目にて)
シロバナノヤマオダマキ (7月下旬 泉ヶ滝にて)

右上の写真は、以前に紹介したヤマオダマキ の白花変異株です。この花は本来、紫褐色の萼片と黄色の花弁をつけますが、この個体はアントシアニンと呼ばれる色素の合成ができなくなった変異株です。中学校で「メンデルの法則」を習いましたが、「色素合成ができない」という劣性遺伝子を持つものどうしの交配ではじめて出現するレアな花なのです。富士山で理科の勉強が役立ちました。

ヤハズヒゴタイ(8月上旬 吉田ルート七合目にて)
弓矢の画像出典: コトバンク

こちらの写真は黒い蕾と紫色の花の高貴な色合いが目を惹く、ヤハズヒゴタイ(矢筈平江帯)。葉が矢筈(やはず)に似ていることが名前の由来ですが、皆さん矢筈って分かりますか? 矢筈とは弓矢の弦を受ける末端部でYの字形をしています。先程のヤマオダマキのオダマキも「麻などの繊維を紡いで丸く巻いた糸巻き」のことで、草花の名前には昔の人々のくらしに密接な物・道具に由来するものが多いです。おもしろいですね。

高山で見かける蝶

箱根の三浦ARの投稿 でもアサギマダラやクジャクチョウなどが紹介されていますが、ここではキベリタテハ(幼虫: 左下、成虫: 右下) をご紹介。成虫は黄色くて太い縁取りがあってひと目で分かりますが、幼虫時代はこんな毛虫なんです!何度も同じ所を巡視していると、植物の花から実に変化していく姿などが見れたりして楽しみの一つとなっていますが、昆虫は上級編。でも少し勉強して知識が深まると、より楽しいですね。

キベリタテハの幼虫(7月下旬 吉田ルート五合目にて)
キベリタテハの成虫(8月中旬 同六合目にて)

高山にやって来る動物たち

左下の写真、最初見た時には、富士山五合目でよく見掛けるメボソムシクイ かなと思いましたが、オシリをフリフリしているし、少し様子が違うようです。暫くすると同じくオシリをフリフリした黒と黄色の雄と一緒に飛び立って行きました。富士山の六合目でキセキレイのつがいに出逢うなんて珍しいです。避暑地デートでしょうか。

キセキレイ♀ (8月上旬 六合目にて)
ニホンジカ♀の群れ (7月下旬 泉ヶ滝付近にて)

一方、右上の写真はちょっと深刻です。コロナ禍以降、ニホンジカが五合目以上にも頻繁に現れるようになり、山小屋のお話では、最近は七合目でも見ることがあるそう。元々富士山の五合目以上には、ニホンカモシカが棲息しており、倹約家の彼らは少ない高山植物を少しずつ広範囲に歩き回って食していますが、シカたちは集団でやって来て、構わず周囲の植物を食べ尽くしていき、カモシカの居場所を脅かしています。
でも、ニホンジカが悪いわけではありません。彼らも懸命に生きようとしているだけ。難しい問題なのです。


どうでしたか、富士山に登った方も、まだ登ったことがない方も興味を持っていただけたでしょうか?
最後にお願いがあります。
富士山の自然に関心を持って頂き、写真を撮るのはOKですが、植物を採ったり、いきものを獲ったりするのはNGです(自然公園法違反)。また、写真を撮るのに夢中になるあまり、ルートから外れたり、足元の植物を踏み荒らしたりしないようにしましょう。場所によっては、他の利用者の通行の妨げになる場合もあります。事故や危険を招くことがないよう、周りに気を配り、ゆとりをもって臨んでください。


 ※同内容で、環境省のアクティブレンジャー日記(2025/11/25号) にも掲載されています。