この夏、富士山で出逢った植物
富士山日記第111号(執筆者 環境省 富士五湖管理官事務所 アクティブレンジャー 半田尚人)
ギンリョウソウ(銀竜草)
白いドレスをまとったような美しい姿の腐生植物。腐生植物というのは光合成をする能力を持たず、成長に必要な有機物を菌類から得る植物のことです。青木ヶ原樹海など麓の方では、5月下旬から6月に掛けて見ることができますが、五合目では7月中旬頃になるのですね。でも、ちょっと密ですね (笑)。
ヤマオダマキ(山苧環)
上半分が海老色で下半分が黄色の独特な形をした花が目をひきます。花の形が紡いだカラムシ(苧)や麻糸を巻く「苧環(オダマキ)」という道具に似ていることが名前の由来です。現代の人には縁遠い道具ですが、昔の人たちにとっては身近な道具だったのでしょうね。花の名前から、昔の人の生活の一端が覗けます。
フジハタザオ(富士旗竿)
その名の通り、富士山の固有種です。トンボの翅のように二枚ずつ平行に並んだ花びらが特徴です。岩の隙間から、登山道脇の擁壁から可愛らしく白い花を咲かせています。その姿はまるで山頂を目指す登山者に応援旗を振っているかのよう。私もいつも元気をもらいながら登っています。
ムラサキモメンヅル(紫木綿蔓)
陽当たりの良い砂礫の裸地を好み、富士山では五~七合目の中腹域で見られるマメ科の多年草です。吉田ルートでは六合目から七合目に登る登山道脇の擁壁の上などで出逢えます。過酷な環境に生きるタフな植物ですが、山梨県のレッドリストでは絶滅危惧IB類(EN)に指定されています。大切に守りたいですね。
オンタデ(御蓼)
中腹の斜面を近くで見ると、野菜畑のように草が点々と生えているのに気付きませんか。これはオンタデやイタドリなどのパイオニアプランツです。パイオニアプランツとは富士山のように乾燥して栄養分の少ない過酷な環境で、まず最初に根付く植物のことです。太い根を地中深くまで伸ばして力強く生きています。自然のアンカーで土砂の流出を防いでもいますね。
イワオウギ(岩黄耆)
イワオウギのオウギ(黄耆)とは根を乾燥させたものが「気」を補う生薬の一つだそうです。ムラサキモメンヅルもそうですが、マメ科植物は根に根粒菌が共生し空中の窒素を取り込めるので、砂礫地のような養分の少ないところでも生育することができるのだとか。そう言われてみると花を見るだけでも「気」をもらえそうな…。
コケモモ(苔桃)
ブルーベリーなどと同じツツジ科スノキ属の常緑小低木で、森林に生育するので富士山では御中道周辺で見られます。真っ赤な実はとても美味しそうですが、ちょっと待って! 御中道周辺も含めて富士山五合目以上は、自然公園法で特別保護地区に指定され、伐採採取が禁じられています。写真を撮るだけにとどめましょう。
ヘラタケ(篦茸)
御中道でちょっと珍しいキノコに出逢いました。ウチワのようなヘラのような形のキノコ、その名もヘラタケです。カラマツなどの針葉樹林の落ち葉の上に群生します。何だか子供が遊ぶオモチャの部品のようにも見えますし、薄切りで同じ模様がいくつもあると金太郎飴のような感じもします。そう考えるとワクワクしますね。
ヤナギラン(柳蘭)
夏の高原の花の代名詞として親しまれるヤナギランですが、富士山では奥庭や七合目の一部で出逢うことができます。葉は柳(ヤナギ)に似て、花は蘭(ラン)に似ていますが、ヤナギでもランでもありません。英語名はFireweed と言います。山火事の跡地などに群落を作るので、そう呼ばれているのですね。
いかがでしたか。ここにご紹介したのはほんの一部で、他にもたくさんの植物が、富士山の過酷な環境で、たくましく生きています。来年、再び富士山にリベンジする人も、初めて富士山にチャレンジする人も、足元の自然にも目を向けて楽しみながら登ってもらえたらと思います。
でも、ここで一つお願いです。
富士山麓の動植物に関心を持って頂き、写真を撮るのはOKですが、野生の植物を採ったり、動物を捕ったりするのはNGです。また、写真を撮るのに夢中になるあまり、ルートから外れたり、足元の植物を踏み荒らしたりしないようにしましょう。マナーを守り、素敵な自然は素敵なまま後世につないでいくことが、とても大切なことです。